ものづくりの現場が本当に欲しいデジタルツールを開発(長岡市デジタル推進ラボ)
公開日:
2023年3月23日(木)
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新潟県長岡市では明治時代中頃から東山油田の開発が始まり、それに伴い、掘削機械などの製造業が発展しました。その後、石油産業の栄枯盛衰や戦争、自然災害など激動を乗り越えながら、長岡市の製造業は持続的に成長してきました。とりわけ機械製造や鋳造に強みを持っています。長岡市内には45の工業団地に約650の事業所が集積しています。
長岡市デジタル推進ラボ(※)は2017年から活動を開始し、長岡市内の製造業を中心とした企業のデジタル化の支援に取り組んでいます。
※)2022年に「長岡IoT推進ラボ」から「長岡市デジタル推進ラボ」に改名。
ものづくりにかかわる企業の現場解決を目指して
「長岡市は2020年からデジタル技術活用支援事業として補助金制度に取り組んでおり、申請数は増加傾向。市内企業のDXやデジタル化への関心は高まっている」と長岡市デジタル推進ラボ事務局を担う、長岡市商工部産業支援課の山田拓也氏は言います。
同ラボでは、元長岡技術科学大学理事・副学長で機械工学・システム安全の識者である武藤睦治氏がコーディネーターを務めています。個別相談では、武藤氏が技術や開発に関して、山田氏は行政の立場から必要な申請や補助金の内容などの相談に応じています。
企業から寄せられる相談事は「自社ホームページの作成」から「受発注や生産管理などに関する各種システムの導入」までいろいろであるそう。これからデジタル化に取り組む企業も目立つ一方で、既に一部のデジタル化に取り組んでいるが、更なる生産性向上を目的に現場課題に応じたシステムを導入するなど、積極的にチャレンジする企業もいる状況ということです。
そして推進ラボの肝とも言える活動が、イノベーション・ハブ事業です。この事業では、まず、ものづくりにかかわる企業から提供された14の現場課題について、市内ものづくり企業、IT企業、大学、金融機関の関係者を集めて議論。その中で、地域に共通し、かつ重要度の高いと考えられる4つを先行して取り上げ、課題解決のためのシステム開発に取り組んでいます。
さらに、イノベーション・ハブで開発されるシステムなどについては、「長岡発デジタルツール」として市場に送り出すため、武藤氏からの開発アドバイス、市からの開発資金援助といった支援が受けられるようになっています。
ものづくりの現場の人たちが本当に欲しいデジタルツールを作る
イノベーション・ハブで開発されているツールは、一見、既存のBIツールなどにも見られる機能があります。しかし既存ツールは、多品種少量生産など長岡のものづくりの特徴に合った仕組みになっていないことが多く、カスタム化にも非常に手間がかかります。
そうした事情から、長岡のものづくりの特徴に合った「ものづくりの現場の人たちが本当にほしい」と思えるツールの開発が進められることになりました。
「日報のデータベース化WG」では、日報のデジタル化、データベース化に取り組みました。製造業の多くの工場では従来、手書きの業務日報や伝達メモを運用し連絡や報告を行ってきました。しかし手書きの記録では、特に過去の情報を探すことに手間がかかり、過去の情報活用がうまくできません。
そこで現場の記録をデジタル帳票としてクラウドのデータベースに蓄積して一元化。作業現場での情報共有を簡単に行えるようにしました。現場の人たちは、タブレットやスマートフォン、PCといった端末に「Innovation Forms」のアプリをインストールし、それを使って職場のどこにいても必要な情報にアクセスできます。
帳票ベースの仕組みであるため、これまで使い慣れた日報様式や報告書様式をそのまま使えることも利点です。また、キーボードや手書き入力の他、音声入力にも対応しており、手元で進める作業をなるべく妨げずに入力が行える工夫もなされています。
「技術の見える化WG」では、技術の承継を効果的に短期間で行える学習ツールの開発を目指しています。製造業では、熟練技術者の技術継承や若手人材の育成が課題となっています。しかし、ものづくりの技術力は、技術者の長年の経験で培われる感覚が頼りになることから、言語化が困難であり、マニュアル化が不可能である場合もあります。
また技術者が退職してから継承することは当然できないので、当人が現役の時から取り組まなければなりませんが、仕事が多忙で教える時間を割くのもままならないこともあります。
このワーキンググループでは、VR(仮想現実)システムでの技術習得ツールを開発しました。熟練技術者の作業の様子を360°カメラで撮影し、VRコンテンツ化しています。コンテンツの開発段階では、熟練技術者との意見交換を繰り返し、改善・完成を目指したということです。
VRシステムであれば、ゴーグル越しに熟練技術者の作業の様子を、手元までじっくりのぞき込むことができます。「ここで止めたい」「この作業を納得いくまで確認したい」「この部分を間近で見たい」など、現実の作業の見学やレクチャーでは到底できないことも自在にできます。
今回は金属加工でのきさげ技術の基本習得のためのVRコンテンツを完成させています。現在は、それを応用し伝統工芸技術である、鉋(かんな)や鑿(のみ)などの打ち刃物の製造技術習得コンテンツを開発中です。この場合、熱処理工程を含んでいるので、サーモグラフィーの情報も取得し、熱処理も含んだ技術習得ができる仕組みを目指しています。
「多品種少量生産IoTシステム開発プロジェクト」では、長岡地域の製造業の特徴である多品種少量生産形態に対応できるIoTシステムを開発しています。多量生産形態と異なり、多品種少量生産の現場では段取り替えが頻繁に発生します。
そこで、本プロジェクトでは、工作機械の運転制御情報を、工作機械向けの通信プロトコル「MTConnect」を通してエッジコンピュータに読み込み、必要な信号をクラウドに送ってデータベース化。取得したデータを基に、クラウド上で暖機、前段取、自動加工、後段取、掃除などの作業時間の推移や実加工と段取りの割合などを数字やグラフで見える化ができるシステムを開発しました。
このような見える化の仕組みにより、段取り時間の短縮や、作業の標準化・効率化による低コスト・短納期の実現、作業の見直し、技術向上、生産性向上といったさまざまな効果につなげられるとしています。
なお、「見積もりシステムWG」については、多品種少量生産に対応できる自動見積りを実現しようと開発に取り組んでいますが、成果が出てくるのがこれからということです。
イノベーション・ハブでの開発では、やはり技術面で難題にぶち当たるなど苦労もあるそうです。例えば、「技術の見える化WG」のVRコンテンツ開発では、モーションキャンプチャーも試したとのことですが、熟練技術者が持つノウハウを動作だけで理解するのは難しく、 断念。
「多品種少量生産IoTシステム開発プロジェクト」では、制御盤の信号や電流から情報を取得しようと試みたものの、なかなか思うようなデータが得られなかったということでした。そうした難題に取り組みながらの試行錯誤を通じて、ワーキンググループ内の知見を深めています。
活動を成果につなげるための心がけとして、山田氏は、「事前にイノベーション・ハブでのディスカッションを重ね、ものづくり企業の共通課題を明確に洗い出すこと、実証企業の現場課題や商品化という目標の明確化を意識していること」を挙げています。
これまで開発した製造業に特化したツールについては、他企業への横展開を進めるとともに、今後は製造業に限らず小売やサービス業といった他業種における共通課題を解決するツールの開発にも取り組んでいきたいということです。
長岡市デジタル推進ラボ(※)は2017年から活動を開始し、長岡市内の製造業を中心とした企業のデジタル化の支援に取り組んでいます。
※)2022年に「長岡IoT推進ラボ」から「長岡市デジタル推進ラボ」に改名。
ものづくりにかかわる企業の現場解決を目指して
「長岡市は2020年からデジタル技術活用支援事業として補助金制度に取り組んでおり、申請数は増加傾向。市内企業のDXやデジタル化への関心は高まっている」と長岡市デジタル推進ラボ事務局を担う、長岡市商工部産業支援課の山田拓也氏は言います。
同ラボでは、元長岡技術科学大学理事・副学長で機械工学・システム安全の識者である武藤睦治氏がコーディネーターを務めています。個別相談では、武藤氏が技術や開発に関して、山田氏は行政の立場から必要な申請や補助金の内容などの相談に応じています。
企業から寄せられる相談事は「自社ホームページの作成」から「受発注や生産管理などに関する各種システムの導入」までいろいろであるそう。これからデジタル化に取り組む企業も目立つ一方で、既に一部のデジタル化に取り組んでいるが、更なる生産性向上を目的に現場課題に応じたシステムを導入するなど、積極的にチャレンジする企業もいる状況ということです。
そして推進ラボの肝とも言える活動が、イノベーション・ハブ事業です。この事業では、まず、ものづくりにかかわる企業から提供された14の現場課題について、市内ものづくり企業、IT企業、大学、金融機関の関係者を集めて議論。その中で、地域に共通し、かつ重要度の高いと考えられる4つを先行して取り上げ、課題解決のためのシステム開発に取り組んでいます。
さらに、イノベーション・ハブで開発されるシステムなどについては、「長岡発デジタルツール」として市場に送り出すため、武藤氏からの開発アドバイス、市からの開発資金援助といった支援が受けられるようになっています。
ものづくりの現場の人たちが本当に欲しいデジタルツールを作る
イノベーション・ハブで開発されているツールは、一見、既存のBIツールなどにも見られる機能があります。しかし既存ツールは、多品種少量生産など長岡のものづくりの特徴に合った仕組みになっていないことが多く、カスタム化にも非常に手間がかかります。
そうした事情から、長岡のものづくりの特徴に合った「ものづくりの現場の人たちが本当にほしい」と思えるツールの開発が進められることになりました。
「日報のデータベース化WG」では、日報のデジタル化、データベース化に取り組みました。製造業の多くの工場では従来、手書きの業務日報や伝達メモを運用し連絡や報告を行ってきました。しかし手書きの記録では、特に過去の情報を探すことに手間がかかり、過去の情報活用がうまくできません。
そこで現場の記録をデジタル帳票としてクラウドのデータベースに蓄積して一元化。作業現場での情報共有を簡単に行えるようにしました。現場の人たちは、タブレットやスマートフォン、PCといった端末に「Innovation Forms」のアプリをインストールし、それを使って職場のどこにいても必要な情報にアクセスできます。
帳票ベースの仕組みであるため、これまで使い慣れた日報様式や報告書様式をそのまま使えることも利点です。また、キーボードや手書き入力の他、音声入力にも対応しており、手元で進める作業をなるべく妨げずに入力が行える工夫もなされています。
「技術の見える化WG」では、技術の承継を効果的に短期間で行える学習ツールの開発を目指しています。製造業では、熟練技術者の技術継承や若手人材の育成が課題となっています。しかし、ものづくりの技術力は、技術者の長年の経験で培われる感覚が頼りになることから、言語化が困難であり、マニュアル化が不可能である場合もあります。
また技術者が退職してから継承することは当然できないので、当人が現役の時から取り組まなければなりませんが、仕事が多忙で教える時間を割くのもままならないこともあります。
このワーキンググループでは、VR(仮想現実)システムでの技術習得ツールを開発しました。熟練技術者の作業の様子を360°カメラで撮影し、VRコンテンツ化しています。コンテンツの開発段階では、熟練技術者との意見交換を繰り返し、改善・完成を目指したということです。
VRシステムであれば、ゴーグル越しに熟練技術者の作業の様子を、手元までじっくりのぞき込むことができます。「ここで止めたい」「この作業を納得いくまで確認したい」「この部分を間近で見たい」など、現実の作業の見学やレクチャーでは到底できないことも自在にできます。
今回は金属加工でのきさげ技術の基本習得のためのVRコンテンツを完成させています。現在は、それを応用し伝統工芸技術である、鉋(かんな)や鑿(のみ)などの打ち刃物の製造技術習得コンテンツを開発中です。この場合、熱処理工程を含んでいるので、サーモグラフィーの情報も取得し、熱処理も含んだ技術習得ができる仕組みを目指しています。
「多品種少量生産IoTシステム開発プロジェクト」では、長岡地域の製造業の特徴である多品種少量生産形態に対応できるIoTシステムを開発しています。多量生産形態と異なり、多品種少量生産の現場では段取り替えが頻繁に発生します。
そこで、本プロジェクトでは、工作機械の運転制御情報を、工作機械向けの通信プロトコル「MTConnect」を通してエッジコンピュータに読み込み、必要な信号をクラウドに送ってデータベース化。取得したデータを基に、クラウド上で暖機、前段取、自動加工、後段取、掃除などの作業時間の推移や実加工と段取りの割合などを数字やグラフで見える化ができるシステムを開発しました。
このような見える化の仕組みにより、段取り時間の短縮や、作業の標準化・効率化による低コスト・短納期の実現、作業の見直し、技術向上、生産性向上といったさまざまな効果につなげられるとしています。
なお、「見積もりシステムWG」については、多品種少量生産に対応できる自動見積りを実現しようと開発に取り組んでいますが、成果が出てくるのがこれからということです。
イノベーション・ハブでの開発では、やはり技術面で難題にぶち当たるなど苦労もあるそうです。例えば、「技術の見える化WG」のVRコンテンツ開発では、モーションキャンプチャーも試したとのことですが、熟練技術者が持つノウハウを動作だけで理解するのは難しく、 断念。
「多品種少量生産IoTシステム開発プロジェクト」では、制御盤の信号や電流から情報を取得しようと試みたものの、なかなか思うようなデータが得られなかったということでした。そうした難題に取り組みながらの試行錯誤を通じて、ワーキンググループ内の知見を深めています。
活動を成果につなげるための心がけとして、山田氏は、「事前にイノベーション・ハブでのディスカッションを重ね、ものづくり企業の共通課題を明確に洗い出すこと、実証企業の現場課題や商品化という目標の明確化を意識していること」を挙げています。
これまで開発した製造業に特化したツールについては、他企業への横展開を進めるとともに、今後は製造業に限らず小売やサービス業といった他業種における共通課題を解決するツールの開発にも取り組んでいきたいということです。