北見へ帰るその日まで、健やかに育てサケたち!――北の大地発のIoTシステム開発(北見市IoT推進ラボ)

2023/03/23(木)
北見市は北海道東部のオホーツク海沿いにあり、東西で100km、総面積1428 km²という道内一広い都市です。2006年に留辺蘂町、端野町と共に北見市に加わった常呂町は「カーリングの聖地」といわれています。北海道の姉妹都市であるカナダ・アルバータ州とのイベントで行われたカーリングに参加し「農家や漁師がみんなで楽しめるスポーツになる」と、後の常呂カーリング協会初代会長である小栗祐治氏が常呂町内に広めたのが最初であるそうです。

北見市IoT推進ラボでは、北見工業大学とのIoT実装に向けた共同研究によるICT人材の育成、北見工業技術センター運営協会や地元の民間企業と連携した企業マッチングなどに取り組み、IT企業の集積と、ICT産業創出による地域の「稼ぐ力」の向上を図るべく奮闘しています。

北見市IoT推進ラボに参画する企業と北見工業大学との共同研究では、「カーリングホールのストーントラッキング・画像解析システム」や、「舗装マネジメントシステム」などを開発しています。

経験と勘頼みのカーリングをデータドリブンで戦略的に
カーリングホールのストーントラッキング・画像解析システムは、カーリング競技における技術向上のための指導・教育が人のノウハウに依存してしまっているという課題をテクノロジーで解決しようと、北見工業大学と株式会社アイエンター(以下「アイエンター」)による開発が始まりました。

カーリングストーンには個々の特性にばらつきがあるため、ストーンに合わせて投げ方や戦略を変える必要があるそうです。そうしたストーンの特性を見抜くことは、これまで選手の経験則に頼らざるを得ない状況であったといいます。限られた時間の中で、同じラインに同じスピードで投げ続け、ストーンの止まった位置をノートに書き記し、その情報をチームに共有後、戦略を立てるという方法を用いていたとのことです。

そこで、もしストーンの動きをデータ化して可視化できれば、ストーンの特性だけでなく、選手の特性もデータとして可視化できるようになり、経験と勘頼みでなく、統計学的な分析や効率的な戦略設計が可能となると考えたのです。

北海道北見市の通年営業カーリング専用施設「アルゴグラフィックス北見カーリングホール」の天井に、12台のモノクロカメラを設置。カーリングストーンに搭載した赤外線LEDを天井のカメラで検出してストーンの位置を計測、氷面下に敷設した赤外線LEDモジュールを用いてキャリブレーションを行い、計測した座標とストーンの軌跡を時系列で可視化するシステムです。

天井に設置したカメラ

 
システムで捉えられたストーン


ストーントラッキングシステム

カーリングのデリバリー(ストーンを投球する動作)はミリ単位、0.1秒単位で身体を精密にコントロールする能力が求められるといいます。そこで、選手の姿勢をAI画像解析で推定する技術を北見工業大学との共同研究により開発。カーリング選手の身体的技術向上を目的とし、デリバリーフォームの挙動を可視化することが可能になりました。また身体にセンサーを付けなくてもセンシングが行えるので、選手にストレスをかけずにすみます。さらに画像解析システムでは、可視化された自身の姿勢を分析し、他選手との比較データに基づいた考察を可能にしました。

 
デリバリー画像解析システム

現在は、システムを導入し、実際にデータ計測を行いながら蓄積されたデータを分析して活かしていく段階にあるそうです。今後、ストーントラッキングのさらなる精度向上を継続的に行っていきたいということです。


『セーフロードV』
株式会社要(以下、要)は、北見工業大学 地域未来デザイン工学科 交通工学研究室と共に、舗装マネジメントシステム「セーフロードV」を開発しました。

国土交通省が平成28年に公開した舗装点検要綱では、「点検、診断、措置、記録」というメンテナンスサイクルを構築することで、舗装の長寿化と予防保全に努めなければならないと示されています。国道や、県道だけでなく市町村道においても、舗装の定期的な点検と点検結果に基づく診断・措置、および取得データの記録が必要となっています。

従来、広く使われてきた路面の凹凸計測器は、決められた車両のみに取り付けができ、機器準備には大きなコストがかかっていたといいます。そこでセーフロードVを開発し、日常の道路パトロールをしながら路面計測が行えるようにしました。このシステムは、センサーを取り付けた車両を走行させるだけで路面の凹凸を計測することができます。また車種を問わずにセンサーを取り付けることが可能であり、アプリでも管理が可能です。従来の専用計測器を使うよりも簡易的かつ低価格で活用できることが利点であるということです。

センサーによるIRIデータの取得と可視化の概要

 
セーフロードVを使用した計測作業のイメージ

セーフロードV は、2020年9~11月には、北見市と北見地区道路管理協同組合と共に実証実験を実施。2021年12月から予約販売を開始しています。


東京で育って北見に帰る「サケモデル」とは
上記事例に登場した、北見市IoT推進ラボ参画であるアイエンターも要も、実は北見市の地場企業ではなく、東京都内の企業です。それなのに、なぜ北見市なのでしょうか?

それには、北見市が北見工業大学と実施しているUターン人材プロジェクト「サケモデル」と関係があります。サケには「母川回帰」という本能があります。サケは川で誕生してまもなく降海し、稚魚のうちは海で過ごし、成魚になるとまた生まれた川に戻ってきます。そうしたサケの一生になぞらえ、都内の企業が北見工業大学の卒業生を採用し、東京で育成した後に、北見市内に戻すという取り組みです。アイエンターと要は、このサケモデルを実践している企業なのです。2社は東京の本社で採用をするとともに、北見市にもサテライト拠点を構えています。

実際は東京の仕事が多そうなのに北見の拠点は少々不便なのではないかと思う方も、もしかしているかもしれません。しかし北見市内へは東京から2時間半ほどと、意外と近いのです。それに今はテレワークが普及したため、北見と東京がネットでつながって仕事ができます。

また、北見に戻るタイミングは、「何年たったら必ず戻りなさい」といった縛りがあるものでなく、2社とも社員自身の意向を尊重しているといいます。戻るタイミングとして考えられるのは、例えば「親の介護」というのっぴきならない事情もあるでしょうし、「やはり地元が楽」といった感情的なことまでいろいろ考えられます。

北見市も将来、北見っ子たちが戻ってくるのに備えて、テレワークの実証実験や環境整備に取り組んできました。2015年には総務省の委託事業「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」を受託し、ICTを活用することで首都圏の仕事を地方でもできることを実証。さらに2016年にはサテライトオフィス北見を整備して、テレワーク環境のPRや地元ICT人材の育成などを実施しています。そしてアイエンターと要も、「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に参画した企業です。

アイエンターは、北見市内で宿泊施設併設コワーキングスペース「KITAMI BASE」を運営しています。一般の人に利用してもらうと共に、同社のサテライト拠点としても使用しています。また、同社が開発した顔認証ロックなどIoTシステムを導入しています。北見市と共に生活の中にテクノロジーを積極的に取り入れていこうという考えだそうです。アイエンターは2017年に、北見工業大学の卒業生でカーリングの選手でもある平田洸介氏を採用。以後も、卒業生を採用しています。

要では2017年から北見工業大学の学生を毎年採用しており、今では社内で「北見工大派」という一大勢力(!?)になりつつあるそうです。また同社は2017年以降、職住一体型のサテライトオフィスとして北見市内の一軒家を借り、そこで開発合宿を実施したり、ワーケーションをしたりなど実施してきました。北見工大生向けの就職説明会や、同大との共同研究での業務の際などでも利用していたそうです。2021年に北見営業所を正式に設置し、テレワークで東京と連携して働ける体制になっています。そしてこの北見営業所が、KITAMI BASEの中にあるというわけなのでした。

2社とも、北見工業大学の優秀な学生の採用が企業を成長させる上で重要な要素と考えているそうです。また、システム開発という比較的テレワークと相性のよい仕事で、「何かあれば、いつでも地元に帰れる」という安心感を持たせてあげられると共に、北見市のサケモデルに貢献することで、日本の地域振興に一役買うこともできます。

アイエンター DX推進本部 営業戦略Grマネージャーの増田俊之氏は、これまで採用してきた人たちについて、「北見は寒いところですが、北見工大生は心が熱いですね。チャレンジ精神が旺盛で、コミュニケーション能力が高い子が多いように感じられます」と話していました。

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